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<<kaetzchen さんを見る私の目は節穴でした | シム宇宙の内側にて | 実名原理主義の考えの一端を理解できた気がします>>
この記事のコメント
幸福の相対性について
私個人の意見では、数直線上の片側が幸福、反対側が不幸であると考えています。直線なので、際限は無いです。そして、原点は現在の状況。ここではわかりやすいように、軸の右方向を幸福とし、左方向を不幸とします。

このときに現在において(微分した場合)、右方向のベクトルならば幸福、左方向なら不幸と感じます。

これにおいて、麻薬の投与は右に1(いくつでもいいけど)動かすことです。投与開始時はベクトルが右に傾きますが、そのうち1に近づくとベクトルは弱くなり、幸福感が減少します。前と同様の幸福感を得るには増量し、さらに1右に動かす。という作業を繰り返します。これは麻薬の耐性になります。また、やめたとたん今まで右に動かした分が元に戻る訳で、使った量に依存して過大な不幸感を感じます。これを避けるために投与をやめられないことになります。これが麻薬の依存です。


他人との比較において、数直線上で、自分より右にいる人は幸せそうに見えるが、右にいる人自身が左向きのベクトルを持つ場合は不幸だと感じているはずです。

最後のリンクで示されている、マトリックスの外から見るというのは、いままで、1単位で動かしていたものが10単位で動かせるようになったとか、じつは横軸だけじゃなくて縦軸があることを発見したとかに例えれると思います。

縛り付けられて、テーラーメイド麻薬を投与されている状況は、本人は「幸福」と感じているが、周りから見ると「不幸」そうに見えるのは、投与されている本人は右向きのベクトルで動いているが、周りの人から見ると相当左の位置にいるということではないかと思われます。

ギャンブルは刺激が強く、幸不幸の振れ方が大きいです。ギャンブル好きの人は右向きの強いベクトルを重視し、ギャンブル嫌いの人は左向きの強いベクトルを重視するのではないか。

抽象的ですが、概念としては理解しやすいのではないかと思います。

これが私が想定する一つの幸福論です。私個人は常に緩やかに右向きのベクトルを持つのが理想です(ストレスという左向きのベクトルに耐性がないことに起因するのですが)。

# 勢いで書いてしまい、よくまとまっていない上、長くなってしまいました点はご容赦を。
2006-12-05 Tue 18:08 | URL | ふぇんり #i.ax9f/A
サバイバル・ロッタリーに似た、心理的功利主義の原理に基づく、違和感を感じずにはいられないユートピアですね。生まれた頃から皆薬浸けにし、皆が一生幸福感を味わえる事が幸福であるとするならば、それは素晴らしい事なのでしょう。が、・・・。

このような思考実験でジレンマに陥るとどうしても、功利主義自体に批判的にならざるを得ません。

一つ言えるのは、その高性能麻薬とやらに反対する人達を幸福にはし得ないであろうという事です。彼らにもそうですが、人を皆幸福でいなければならない事を強制するのはおかしいのではないか。


うーんだめだ、説得力が足りませんね。自学では限界が・・・。倫理学を本格的に学ばなければこれからの人生幸せに過ごせない気がしてきます。

大学時代何してたんだ。○| ̄|_

散文申し訳ありません。続き楽しみにしています。
2006-12-06 Wed 00:22 | URL | 1774 #-
現実性を考慮しないでいいのであれば現実を考慮しない返答をしてみます。

~そのテーラーメイド麻薬最大の欠点は…社会の管理者が享受できないことであった…麻薬を投与されて至福のときを過ごす人々を管理する人々は、麻薬を投与されるわけにはいかない…にもかかわらず社会を維持する閾値を超えて管理人まで麻薬を服用した国家は、社会体制…生産、流通etc…を維持できずに崩壊した…それがムーである~しかし彼らの失敗を教訓に、「全員がその麻薬物質を需要しながら、尚且つ崩壊しない社会を形成するプロジェクト」~ベストマンプロジェクトを実行したアトランティスの人々は、遂にプロジェクトを成功させたのだった…

え、そんな人々居ない?居ますよ…かれらは麻薬物質を確実に享受しながら社会を維持するために全員「特定の植物」になったのです…それがどれなのか、その植物が生成するどの物質が彼らにとっての麻薬なのかわかりません。でも存在するんです。するんですったらするんです。
2006-12-06 Wed 21:54 | URL | 白痴公爵 #-
と、このような形で幸福には外部からの規定が”不要”、という証明がいい加減かつぞんざいに完成するのですが、この証明の条件こそが幸福に対するある種の規定(制限)であると考えられます。

「他者の自由、および幸福を侵害しない」

相互不可侵条約が成立してはじめて(さらに言うなら幸福の維持、保証も)享受してもよい幸福、ということになりましょうか。それゆえ上記のたとえ話の中のムーは条件を満たせず滅亡し、アトランティスの人は植物になったわけです。言い換えれば人間である限りさまざまに限界づけられており、その範囲でしか幸福を享受すべきでない、とかそういうことになりましょうか。
2006-12-06 Wed 22:09 | URL | 白痴公爵 #-
「夢みる機械」 諸星 大二郎 (著) に代表される、唯心論的ユートピアが如何に否定もしくは肯定されるのか、続きを楽しみにしております。
2006-12-08 Fri 01:00 | URL | おおじじ #12mVp.tA
みなさん、ありがとうございます。レスは別エントリに書かせていただきました。こちらです。
http://fw0.blog37.fc2.com/blog-entry-331.html
2006-12-08 Fri 01:02 | URL | fw0 #kcGv7Qfc
おおじじ さん

かぶっちゃいましたね。おおじじ さんへのレスも新エントリに追加させていただきました。よろしくお願いいたします。
2006-12-08 Fri 01:10 | URL | fw0 #kcGv7Qfc
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シム宇宙の内側にて : 外部からの規定なき幸福の問題点 fw0さんからトラックバックいただきました。ありがとうございます。以前ぼくが書いた「幸福とはなにか?」というエントリを見たことが執筆動機、とのことです(=直接の反論ではない)。 まとめると、「幸福に外部か …
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